生成AI時代は問いを立てる力が必要、という主張をよく見かける。これについては自分も同感で、どんな問いやコンテキストを与えるかで出力結果に大きな違いが出る。

ただ、そのことを子供にどう伝えるべきかを考えると、少し複雑な気持ちになる。目の前で、今年新6年生になる子供が自分で書いた字を見間違えてたりするため…。

子供は今年ついに新6年生、受験年。自分は塾の授業の予習・復習に伴走しており、土日はそれなりの時間を子供と一緒に過ごしているのだが、今のところ中学受験勉強は生成AIを活用する前提にはなっていない。

現時点でも生成AIの活用シーンはある。例えば、弱点補強のための対策や、問題が解けずにイライラしている子供への対応方法などは、過去に何度かアドバイスをもらった。また、塾で配られたプリントを読み込ませて理解度チェックの問題を出してもらうということを試してみたりもした。

ただ、これらはあくまで親の役割の補完に留まっており、子供自身の学習プロセスについては自分が学生だったウン十年前からまだあまり代わり映えのしない状況だ。

もちろんポスト生成AI時代は始まったばかりで、ここから数年で何かが劇的に変わる可能性はある。とはいえ、子供の学び方や成長を見ていると少なくとも初等教育はこれまでとそんなに変わらないのではないか、と思えてくる。

というのも、そもそも小学生にとって乗り越えるべき壁は「問いを立てる力を養う」とか以前に、一定時間集中して机に座るとか、2行以上の文章から漏れなく要素を抜き出すとか、問題を解いたらちゃんと見直して丸付けをする、などだからだ。

子供を横から見ていると、実際につまづいているのはそういうところ。すぐに気を散らしてしまったり、問題文に含む条件を見落としていたり、冒頭に書いたように自分で書いた文字を見間違えたり、解き終わったあとに見直しをしていなかったりする。

この1年を振り返ると、自分がやってきたことはこれらのつまづきポイントを解消するための繰り返しのフィードバックだ。そして面白いことに、これと似たような関係性がソフトウェアエンジニアとしての自分とAIエージェント間でも成立している。

適切にコンテキストをコントロールしないと、AIエージェントは課題を見落としたり、見当違いの道を進んだり、やるべきことをスキップしたりする。そのため繰り返し指示を出したり、時には強く介入する必要がある。

ただ、これはあくまで2026年2月時点での話。1年後にはAIはさらに進化しているのは間違いない。

そしてAIほどではないにせよ、うちの新6年生も見違えるような成長を遂げている…ことを期待して伴走している。